2015年12月13日

年の瀬です

ずっと・・・ほんまにずっと書けないまま12月も中盤になってしまいました。

今年は多くの皆さんにご心配をかけた一年でしたが、心臓は一部壊死していますが順調に回復に向かっていますからご安心ください。ライブでは1時間ほど立ちっぱなしで演奏するとさすがについていけなくて座らせてもらっていますが、2月の退院2日目ゼスト御池と比べたら、むしろここまで回復したんだという実感に感謝しています。
去年の12月22日に救急車で運ばれた先では「急性貧血」と診断されましたが、1月31日に入院した時には「こんな状態なら以前から兆候があったはずだけど」とドクターに聞かれましたが、貧血ではなくて心筋梗塞が始まっていたんですね。後から人の話を聞いたり自分で調べたりしているうちに、とても危険な病気になったんだって怖くなることがあります。

2015121300.jpgま、タバコが主たる原因で昨年たまったストレスが引き金だったことがはっきりしたので、今はタバコをやめましたしストレスのたまらない生活を意識してきたこともあって、一周年を迎えるこの時期になって心地よい年末を迎えようとしています。運動不足から体重も順調に伸びています。ブログのほうもあまり気負わず書こうかなと思っています。(思うのは自由w)

京都市内ではロームのイルミネーションが始まりました。
「人生の扉」ではないですが、今年もまた見ることができてよかったです。

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みなさまもご自愛されますよう。
posted by いけさん at 22:31| Comment(0) | 目線

2015年08月15日

ふたたびの街

半年以上ぶりのブログですね。1月末に心筋梗塞で入院して以降、皆様には大変ご心配をおかけし多くのご支援をいただきました。あらためて御礼申し上げます。
後になってから死んでもおかしくない状況だったと知れば知るほど、日常の出来事や人とのふれあいについて胸が熱くなる時があります。万一のことになっていたらこの場は無いんだと思うと、今は一日一日をとても大切なものに感じます。

そんな中、8月11日に郡上八幡に行ってきました。
お盆期間の徹夜踊りに参加したいのはやまやまですが、お盆渋滞の中を運転することや郡上八幡の身動きされぬ人混みに揉まれることに不安があったので11日を選びました。おかげで道路はすいていたし観光客もまばらで、休憩するベンチに不自由することなく夕方の町並みをのんびり歩いて回りました。以前に書きましたが死ぬまで毎年一度は来ると決めている町なので、僕にとってはまたここに来れたことが感無量で、吉田川を眺めながら涙する怪しいおじさんになっていました。

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さて、11日の郡上踊りは下日吉町という古い繁華街での開催です。
日吉町はパチンコ屋さんやスナック、料理屋さんがありその昔は演芸場のような施設もあったとのことで旧市街の中でも賑やかな町だったのでしょうね。今夜の踊りも「秋葉祭・嵐璃橘之丞慰霊祭」と郡上出身の歌舞伎役者の名前がついています(読み方不明w)。車はいつも通り安養寺に停めました。ここはトイレや更衣室も使わせてくれるし徹夜踊りの会場に近いので並んででも停めます。日吉町からは少し遠いので今日はひっそりしていましたが山に抜ける風の通り道なので踊りが始まるまで昼寝をするには最高でした。

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踊りは20時半開始ですが20時には大勢集まっていました。
みなさん踊り会場から少し入った場所におられたので何か?と覗くと魚料理屋さんの横に一間間口の秋葉権現があってお坊さまが経を唱えてはりました。これまで何度か通った道なのにこんなちっこいお社があったことを初めて知りました。郡上はこんなプチ発見も楽しい町です。踊りはほんの10分ほどだけ踊りました。まだ人出が揃っていないのでマイペースで踊れて満足です。来年もその次も来なくちゃいけないので今年は我慢してこれだけで帰ってきました。

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posted by いけさん at 15:44| Comment(6) | 夜遊び

2015年01月02日

幸先よい

新年おめでとうございます
本年も満月堂ならびにいけさん目線のご愛顧をよろしくお願いします。

昨年はまぁ人生でこんなに色々なことが重なるものかいな?と、ビックリするぐらいに一気に生活や環境が変わってしまい、さすがに戸惑いや不安による疲労というかストレスみたいなんで、こともあろうに年末には自身が極度の貧血で救急搬送されるという締めくくりを迎えてしまいました。あ、3時間ほど安静にしていたら復活しましたのでご心配なく。ただ「自分が心身ともに健康であることが大事なんやで」と鐘を鳴らしてもらったように思え、母も父も嫁もが見上げていたと同じ救急車の天井をながめながら妙に感無量だったように思います。

さてさて、毎年元旦は家族で歩いて北野天満宮にお参りしていて、この風習は変えたらあかんと心に決めつつも、雨の早朝を1時間近く歩くのもいやだし「今年は喪中やし初詣は禁止なんやろか?」とか「鳥居をくぐらなかったらええんとちゃうか?」など考えた末に、「予報では元日の朝は雨らしいし大晦日のうちに境内に入ってしまえば初詣にはならんやろ」という適当な理由をつけて31日の23時55分に車で天神さんに赴き、参拝客のカウントダウンの中で新年を迎えることとなりました。おかげで元日に早起きすることもなく9時くらいまで熟睡しておりましたが、起きてみたら見事な快晴!

そうそう、年末にスマホを手に入れました。
メールと通話は使い勝手がよいので今まで通りガラケーを使い続けますが、クリスマスに韓国に行く娘との連絡用にLINEを使える環境にしておきたかったのと、カーナビがわりに便利かと、余っていたソフトバンクのケータイをMNPでauに乗り換え、CATVの割引きもあってかなりお安く入手することができましたが、LINEのおかげで「ディズニーツムツム」というゲームにハマってしまい、元ゲーマーの血が復活してしまいました。このツムツムの新年プレゼントの中にハチプーというレアキャラがいるのですが、一発ツモで引くことができ、今年はきっとよい年になるのでしょうね。

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posted by いけさん at 15:26| Comment(0) | 目線

2014年10月27日

日曜ワイド われら夢の途中

前回はFM COCOLOの番組について書きましたが、今回はほぼ同じ時間帯にかぶっちゃってるKBS京都ラジオの「日曜ワイド われら夢の途中」に3度目の出演をさせていただいた報告です。
思えばラジオを聞くのも便利な時代になりまして、カーラジオだけでなくradiko(ラジコ)を使えばPCやスマートフォンでもラジオが聞けるので、好きな番組がかぶっても逃さずエアチェック(死語?)できるのがありがたいですね。

「われら夢の途中」は2006年4月にスタートしていますから今は9年目で、満月堂の方がちょっとだけ先輩ですね。この番組とのご縁は京都新聞に掲載された神足ふれあい町家ライブの記事が番組スタッフさんの目にとまり、夢を抱く中高年を応援しようという番組のテーマと合致いるということで電撃オファーをいただき2010年3月に初出演させていただいたことが始まりです。オフラインイベントの参加や、おやじバンド企画のお手伝いをさせていただいたり、パーソナリティの塩見さんには満月堂のライブに何度も来て下さって親交を深めていきました。そして今回は満月堂活動10周年にあわせてこの10月に3度目の番組生出演となった次第です。

さて今回の出演はこれまでの2回とはまた違った感激でした。
塩見さんの「今日は満月堂さんが出演されますよ」のコメントで9時にスタートした番組でしたが、早くも「楽しみで〜す」といったメッセージがリスナーが入るし、番組名物「今朝の一句」のコーナーでもリスナーさんから「コンサートに行った時にオーラを感じましたよ、さすが芸能人〜」なんてコメントが入ったり(あのぉ・・・満月堂は芸能人なんでしょうか?笑)。スタッフさんによると「「宇治物語」のリクエストもよく来るんですよ」とのこと。いやはやメディアの力ってただのおっさん4人組みをここまでスターにしてくれちゃうのですね!

満月堂が出演する11時にはリスナーさんからのメッセージを印刷した紙がテーブルに山積みされていて、オンエア中にも追加で何枚も・・。これらのメッセージを全部見たかったのですが本名やメアドなどが書かれているので拝見することはできず、送っていただいた方にはここで改めて御礼申し上げます。ほんま、嬉しかったです。
初めて出演した時はバンド仲間からのメッセージだけだったのに、今回はおそらくライブに来て下さったお客様からのものが圧倒的多数でとても嬉しかったです。「長岡京のふきのとう」さんは前日のライブでリクエストされた方かな?

これまでの出演ではバンマスと僕が喋るシーンが多かったので、今回は松っちゃんとゆうさんにも無茶振り目配せをしていっぱい喋ってもらいました。特に松っちゃんは頑張りましたね、ライブのMCもそうですが成長株です。
・・・といいつつ僕も結局はよく喋りましたが(笑)これといった決めセリフが出ないまま終盤を迎え焦っていたら、バンマスが「コンサートホールよりもお客さんが見える近さがいいね」という話をしたところですかさず「そろそろ紅白の声がかかる季節だけどお断りをして・・・」と、起死回生の一言で締めました。

応援メッセージを送って下さった皆様。ラジオに耳を傾けていただいた皆様。番組後にホームページまで足を運んでいただいた皆様。そして塩見さんならびに番組スタッフの皆様。どうもありがとうございました。番組を聞いて満月堂に興味をもっていただいた方は、是非是非ライブ会場にお越しくださいね。
posted by いけさん at 00:57| Comment(6) | ライブ

2014年09月22日

誉めてナンボ

10月1日付けで烏丸三条の本社から伏見区にある営業所に異動します。
この年齢になっていきなり異動ってないやろ〜とか、通勤時間が30分伸びることで晩ご飯の支度が遅くなるとか、通勤経路におかずを買いに寄れるところがなくなるとか、まぁ色々とブーイングを鳴らしながらも、この3年間やってきた仕事の進め方が評価され「是非それを営業所でもやってほしい」なんて請われての異動と聞かされると、この年齢にしてまだまだ期待されていることを嬉しく思ったりもします。元来「褒められて育つ」タイプの人間ですから会社もその辺りはよく承知しております(笑)。

さて、FMラジオ曲の「FM COCOLO」はご存じですよね?
もともと関西在住の外国人向けの放送局でしたが、近年は45歳以上の世代をターゲットにして、あのころの懐かしい曲や話題を中心としたラジオ局で、パーソナリティも根本 要、KAN、伊勢正三、南佳孝、マーキー、ゴンチチなど、おじさんおばさん達のハートをわし掴みにしてしまいます。これにハマるリスナーを「COCOLO世代」なんて呼んでいます。

そのCOCOLOで日曜10時から14時に「THE BEAT GOES ON SUNDAY」という番組のパーソナリティを務めているのが「ばんばん」こと ばんばひろふみさんです。

ばんばさんは「音の旅人オーディション」で特別賞をいただいたけどサインは求めなかったし、四条の天麩羅屋で出会ったりしても「あっ、ばんばんやっ」って思うくらいの普通の有名人で、「いちご白書をもう一度」は満月堂の方がええやんなんてうそぶいてみたり・・・・。まぁそんな存在だったのですが「THE BEAT GOES ON SUNDAY」を聞き始めてからは、彼への関心度がガラリと変わりました。

4時間の放送って大変やと思うのですが、とてもおだやかな口調で毎回テーマを変えて60〜70年代の洋楽や邦楽のウンチクを、読み聞かせをしているように語ってくれるのです。時には昔のフォーク仲間との裏話なんかも聞けるのですが、感心するのはその話の中では彼が主人公ではないのです。人はどうしても自分中心に話をしますが、ばんばさんが語るエピソードは常にその相手が主人公になっています。だから聞いている僕にとっても素直に耳に入ってくるのです。

昨日のSKYふれあいフェスティバル。転換の合間にばんばさんがおられたので失礼とは思いながら「ラジオとてもよいです。今までばんばさんのことは好きとか嫌いとか関係なく一人のシンガーとして見ていましたが、番組を聞き始めてからイメージが変わりました」なんてことを言うと彼はニコニコ笑って喜んでくれ、どんなところが?とかもっと喋りたそうでしたが出番の合図で舞台に行かれました。

そしたら驚くことに今朝の番組の冒頭で「昨日のSKYフェスに出ていた親父バンドのメンバーからこんなことを言われました」って僕が喋った通りを説明しはるんですよ。
失礼かな?と思いながらも口にした言葉をちゃんと覚えていてくれて、本当に嬉しかったのかもしれませんね。ばんばさんも褒められたいタイプでしょうか。

満月堂のライブは、ただ演奏を聞いてもらうだけではなくて、お客さんとコミュニケーションをとりながら盛り上げていきます。ライブ後のお見送りの時に「良かった〜」「楽しかった〜」「また来ますねっ」って褒め言葉をいただくと心底嬉しいしやっていてよかったって思います。顔の見えないラジオの世界でリスナーにそう思わせるのはとても難しいことでしょうね。職場が異動になって新しいメンバーとの仕事は顔を合わせてのことですから互いに良いところを褒めながらやっていけば、さほど難しいことではないかもしれませんね。

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posted by いけさん at 00:36| Comment(3) | 目線